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「間抜けの構造」(ビートたけしさん)を読んで

間抜けの構造 (新潮新書)

間抜けの構造 (新潮新書)

「間」の考え方、全てにおいての「間」について
書かれている本です。
なかなか「間」について書かれている本というのは無いのではないかということで
買ってみました。
が、「間」については、感覚的なことなので、教えられるものではないということが正解でしょうか・・・
ただ、漫才、映画の間について興味があったので^^

第1章 間抜けなやつら
第2章 “間”を制すもの、笑いを制す―漫才の“間”
第3章 お辞儀がきれいな人に落語の下手な人はいない―落語の“間”
第4章 司会者の“間”を盗め―テレビの“間”
第5章 いかに相手の“間”を外すか―スポーツ・芸術の“間”
第6章 映画は“間”の芸術である―映画の“間”
第7章 “間”の功罪―日本人の“間”
第8章 死んで永遠の“間”を生きる―人生の“間”

「間」というのが大変厄介なもん

すべてはここという感じですね。

「ツービート」はツッコミとボケが逆だった

これは、知らなかったなぁ
また、間を最初はきよしさんから教わったみたいですね

「会話の運動神経」

ここを身に着けたいですね
会話のキャッチボールということなんでしょうけど
1球目をなかなかよう出しません。

「ツービート」の「間」は2人で作ったもの

きよしさんとしか漫才はできないということですね。

「間」をいかに制するか

これが、感覚というか。
そこにいる本人が分かるかどうか。
まだまだ分からないですね。

落語の間は、お客さんによって変わらない
漫才の間は、お客さんによって変わる

なるほど。。
そうなので、ダウンタウンDXでは、本番前に
ダウンタウンにフリートークをやってもらって、ダウンタウンの間に持っていく
という作業をやられているんですね。

ツッコミが笑いを切ってしまうこともある

あっ、確かにそういうことはあるかもしれませんね。
ダウンタウンの場合は、ぼけを分かりやすく伝えるということでした。
そこで、さらに笑いを拡げるということでした。
その為、「ツービート」の漫才とは違う間なんだろうなぁ

客前でやらないと身につかない

たしかに。なんでもそうかもしれません。

討論では、呼吸するタイミングで入ってくる
あなたは正しいと行って入って来る人がうまい

ここを、自然にできるかどうかなんでしょうね

野球では、ピッチャーが「間」を決める

ピッチャーに主導権はありますね。
投球のモーションの時間を変えたりできますし
逆に全く同じモーションで、ストレートと変化球で間を外す

力の入れ方より抜き方

これが、結構難しい
分かっていてもできない

英語は、英語圏の国に住むしか無い

力を抜いて、海外に

映画は「間」で決まる
因数分解
考えさせる

そういうイメージは無かったですが
今度から、そういうイメージで、北野組の映画をみるのも面白いですね。

「間」がイノベーションを妨げる

間を読みすぎるということ
通常どおりでは、なかなかイノベーションは起きない

お笑いも「アイドル化」している

一発屋が増えているということですね。
お客さんも違ったものを求めているということ

芸人は結果論の世界

タイミング、面白さというのもありますが
結果、笑わせればいい。


下世話の作法 (祥伝社黄金文庫)

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